2017
29
Sep

自己批判させることは罪深い

連絡をして、返事をしない(または遅らせる)というのは相手を不安にさせる。
返事が来なくて不安になる理由は二つある。
一つは、相手より自分のほうが小さい存在であるかのような気持ちになるからである。
例えば親にずっと無視された子どもは精神的に不安定になっていくが、それは存在を無いものとされることで、自分の存在に不安を抱くからだ。
付き合っている相手から無視されるというのも同じで、お前はいらない、いてもいなくても同じ、と言われているような気持ちになってしまう。
もう一つの理由が今日言いたいことなのだが、相手からの反応がなく何も分からない場合、自分の心の中でぐるぐるしてしまい、不安が雪だるま式に大きくなっていくということである。
人によっては、相手から連絡がないということは明らかに方向性としてはネガティブなことであり、まず悪い方向にしか考えようがないだろう。
しかも相手の気持ちが分からないから、自分で考えるしかない。自分で考えると、自分のこういう性格が悪かったのではとか、自分の態度だとか、自分の発言だとか、一人で探ることになる。
自分以上に自分の弱点を知っている人はいないから、自分で自分の悪いところを考えさせられるというのは、自分という最強の敵に攻撃されているようなものだ。
例えば彼氏が話し合いに応じず「自分の何が悪いか自分で考えなよ。いちいち言いたくないしとにかくムカつく」と言ってきたら、これは地獄だし腹も立つだろう。
政治団体や宗教団体、セミナーなどで洗脳や粛清を行う場合に、よく「自己批判」という手法が取られるが、自己批判を強要するというのはとても厳しく無慈悲で非人道的と言っても良いレベルの仕打ちである。
無視や「自分で考えろ」というのは、程度の差こそあれ、そういう方向性を持った残酷な仕打ちだと言える。問題文の彼女が言いがかりをつけたとかしつこくしすぎたというのならまだしも、付き合っているのにこうして一方的に簡単に連絡を断つというのは、あまりにも残酷な対応ではないだろうか。何も言われないより何か文句の一つ二つ言われたほうがずっとましだし、付き合っていたのならそれぐらいの道義的責任はあるだろう(彼氏が何度も何度も分かってもらおうとして説明してもダメで、彼女にしつこくされた、というのなら仕方がないが)。
分からない、というのはとても怖いことである。相手の気持ちが分からない、自分で考えさせられる、というのはとても怖いことである。
場合によっては、黙ってナイフを渡されているかのような、「おれは殺さないから自分で死ね」と言われているかのような気持ちにすらなるだろう。
無視というのは、関係性の強さに見合った説明義務などを果たした後の、最後の手段である。
一方的な振る舞いは、すべきではないのだと、過去の自分に言いたい。
夕暮

夕暮